■■■ 2020年 3月 メモ ■■■






2020年3月29日(日)
18:30

「Envision」

 創造(想像)に終わりはなく、はじまりがあるだけだ。

 創造と想像・・・ムズイね。


(分類): scos,







2020年3月29日(日)
10:26

「春の雪」

 昨日(〜ここ最近)はポッカポカの陽気で、雪降るの?と思っておりましたが、本当に雪降り始めました。


(分類): 生活,







2020年3月28日(土)
13:23

「光と影」

 暗闇が広がると人は明かりを求めるものである。


(分類): scos,







2020年3月26日(木)
13:26

「未来のお店・仮想現実」

 脱実店舗の布石として「scos shop (スコスのネット通販)」をリアル店舗のような仮想体験を実現できるように「お買いもの目線のページ」を実験構築中です。ページの特徴は主に横スライド形式で情報を横に広げていくような設計で、携帯やタブレットだとスライドタッチで読み進めることができます。タッチパネル非対応のパソコンだとスライドバーでの移動となります。
scos のページの尻尾部分にあります。


(分類): scos,







2020年3月24日(火)
20:48

「スルー」

 おかんに間違って送ってしまった写真。・・・もちろんスルー。


(分類): 生活,







2020年3月22日(日)
11:33

「入れもの」

 入れものに「もの」を詰めることは、すこす楽しい。色にこだわり、使う姿を想像しながらかわいく並べると、落ち着いた気分になります。

(分類): scos,







2020年3月18日(水)
16:09

「未来のお店・失う習慣」

 桜もぼちぼちと咲き始め、暖冬から春が早めにやって来たということで2018年を思い出し、今年の夏は暑い夏になりそうな予感です。(私の勝手なバッド予想ですが・・・) 2018年は記録的な酷暑で、季節が1ヵ月ぐらいずれたままで推移、そのまま夏の到来で記録的な暑さとなった記憶があります。

 ところで、オリンピックの開催はどうなるのでしょうか?ニュースを観ると「だれが(Who)」決断をするのか?というババ抜きの様相になってきた感じもします。最終的にはドクターフーに全てのババをという流れに・・・と思ったりもしますが、どうなるのでしょうか?

 ところで、上野公園は「ガラガラ」です。「ヒト」の動きが制限されてしまうとこんな感じです。上野公園の夜桜は、酔っ払いに絡まれるなど、個人的には恐怖のイベントでしたが、どんちゃん騒ぎも東日本大震災後の自粛後以降、どんどんと、おとなしく小さくシュリンクしていったので、あの怖かった上野の夜桜でさえ、今は懐かしくも感じます。

 一度失われた習慣や人の行動サイクルは無条件に戻ってくるものではありません。それは物を作ることや、お店でのお買いものも同じです。東日本大震災の時の寸断は関東・東北に限られましたが、今回は日本全国、世界全体に広がり、「物」「人」が止まり、もちろん、世界の経済も止まり、グローバル経済の勝ち組の製造拠点も終わり、ヨーロッパの自由な人の流れも止まり、今回は目に見える被害がないので復興景気というものも存在しなく、世界は様々な分断の入り口にいるように感じます。リーマンショックの時の「かね」は道義的なものを脱ぎ捨てて金融機関にお金を注入すれば良かっただけですが、今回は「もの」「ひと」となるのでより深刻です。しかし、普通に考えればバブルやリーマンの時と比べて道義的問題が全くないので、大きな即断をしてほしいものです。


(分類): scos,







2020年3月16日(月)
15:16

「未来のお店・ベクトル」

 製品のターゲットを作りました。スコス商材には個々いろんな特徴がありまして、まちまちではありますが「機能」と「飾り」、「趣味」と「実用」の狭間で彷徨う感じではあります。20数年のスコスの経験上で言うと、地震や災害などで社会や経済にダメージをうけると徐々に右上方向(赤い印)の方に人々の趣向性が移動していくような気がします。赤い印は日常生活で必要最小限で使用する機能性と実用性の必需品となります。

 また、一般的に若い頃は趣味やデザインに特化した生活を過ごしますが、長く生活すると、その分だけ様々な要因によって、徐々に右上方向のベクトルの方向に動きがちではあります。

 でも、不思議なことに、私が東京に来て驚いたことの一つに、ターゲットで見る青色のゾーンにあるような商品を「これ、面白いだろ・・・」と自身の価値観で選ばれる遊び心を持った、ご年配の方(男女問わず)が意外に多いということです。「趣味」や「装飾」度合いの高い商品を楽しむご年配の方は、私の実家方面では、あまりいないと思いますので、そういう方を、たぶん「江戸っ子気質」だと感じております。「遊び」は、心に余裕がないと楽しめないと思うので、この風流は失われて欲しくはないですし、自分もそんな風に年を取りたいです。


(分類): scos,







2020年3月14日(土)
23:50

「未来のお店・仮想と現実」

 「平成」という時代はどのような時代だったのでしょうか。ソフトウェアと呼ばれるモニター越しの仮想の世界が、またたく間に私たちの生活スタイルを席巻し、情報伝達の方法も大きく変わりました。昭和生まれの私にとっては、うっそうとした自然の空き地を走り回り育ちながらも、TVゲームが誕生、ワープロ、携帯、パソコンとコンピュータ技術の発展と共には成長してきました。今のスマホ世代よりはコンピューターの仕組みを理解し、また、現実の自然の中で怖さや痛み、生き物のグロテスクさも体験しているので、そのようなバランスの中での人間が構成されているようにも思います。

 一方、今の世代の子と言えば、音楽はダウンロードするものというのは常識の範囲であります。ジャケットデザインを愛でて、レコードやCDを機械に入れて楽しんできた昭和のおじさんたちにとっては、単なる「情報」でしかない「音楽」に、少しざわざわとした気持ちになります。

 そして、時代は「サブスクリプション」という「もの」を所有しない新しい概念の生活が誕生しつつあります。服も車も所有せず、使いたいときにレンタル、部屋もすっきりとシンプル「もの」が少ない生活です。生物学的には自分のテリトリーに「自分の匂い」、「色」、「もの」で囲まれながら暮らすことで安心の生活をできることが自然のような気もしますが、自分たちが若い頃にも「シンプル」な憧れというものは一定数で存在していたので「サブスクリプション」もその延長上にあるものかもしれません。そこで、次の時代を迎えるにあたり「所有」と「レンタル」を対義語を通して私の脳内思考を整理してみました。

 (所有)-(ものがイッパイ)-(財産)-(カタチがある)-(生物的)-(実生活)

 (レンタル)-(シンプル・ものが最低限)-(無形財産)-(情報)-(非生物的)-(IT)

 年に数回しか使用しない高価なものはレンタルでも良いと思いますし、お店が「もの」を販売しなくなることはないと思うので、私の場合には「サブスクリプション」で生活のスタイルが大きくひっくり変わることもなさそうだと感じますが、ITの仮想世界が人生の大きな生活のウェイトを占めている人にとっては、現実的な選択肢の一つであるようにも感じます。どちらか一方に偏ると極端で健全でないような感じもしますので、「所有」と「レンタル」のバランス感覚が必要とまとめたいところです。でも、このコロナウィルス騒動で「人」「もの」の移動が制限されてしまうと、仮想現実のネットワークこそが本当の現実ともなりえます。「もの」を持たない生活というのも、古い世代の人間には狂気に感じるところはありますが「裸で生まれ裸で死んでいく」ライフスタイルは潔くも感じます。

(分類): scos,







2020年3月13日(金)
17:30

「未来のお店」

 「軽薄短小」の議論で、近未来、車が電気自動車、自動運転で動くようになると、自動車の底部分にモーターとバッテリーが配置されることになります。そうすると、本来、人が座っていた部分には大きなスペースが生まれます。そこで、「scos」の動く販売棚を考えました。移動する商品数の多い自動販売機です。ネットや道端で呼び出し、呼び止め、お買いもの。このような細長い無人販売店が道を走っていて「誰が買うねん!!」とは思いますが、スーパーの生鮮食品や総菜、お菓子、アイスクリームなどの食材等ではありかな?とも思います。コンビニやスーパーマーケットまで行かなくてもスイカやPASMOでタッチして食材をお買いものをできれば大変便利。このような形式だとネット通販とは異なり実物を見てお買いものをでき、買う予定のない商品のチョイ足し買いも期待できます。大きな車ではないので、オフィスのエントランスや地下道を走らせても良いかも。車を複数連結、または並走させると棚の数だけ、お店の魅力を強化することができます。

(分類): scos,







2020年3月11日(水)
19:43

「マスク」

 コロナ騒動の最中、若き「ウポポイ」の北海道知事が非常事態宣言をし、翌日に国のトップが現れて学校を閉鎖するように宣言をしました。どちらも法的効力はないもののようではありますが、大きく世の中を動かすきっかけにはなりました。学校、職場、人の密集する場所は感染のリスクは高いようですし、未知の病原菌に対する不安に鑑みて、感染するとミッション不能となる軍隊などの動きを見れば、その警戒度合いにより病原菌の危険度というものは感じられるものであります。

 同じような非常事態宣言はありますが、両者は全く異なる側面を感じました。総理と言えば、血統が折り紙付きで「タテ」へとつながる系譜であります。一方、北海道知事は高卒から都の職員を経て、財政破綻した夕張市長、北海道知事へと登りつめた、親しい関係から「横」へと根を張っていく共同体から生まれた人物のように感じます。正統な系譜の人物から見た場合に、外からふっと現れた未知なる存在は脅威と感じてしまうものであり、今回の総理の突然会見へとなったのではなかろうかとも思います。

 お客さんと販売員。販売員だけに限ったことではありませんが・・・どんなに暑く、熱中症になりそうな時でも営業中にペットボトルで飲み物を飲むことを許されず、態度が悪いということで椅子に座ったままのレジ作業も許されず、インフルエンザが流行したとしてもマスクをすることを許されず、不特定多数の人々と日々接客するのが販売員であります。そのような環境だと人手不足になっても仕方がないと思う訳ではあります。また、ほとんどのお客様がいいお客様ではありますが、販売員に何をしても、何を言っても、そもそも、お店の人も、間違いすることもあって、傷つくこともある、同じ人間であるということを感じられないこともあるのも事実であります。そのような時に、前々から、売る人も買う人も対等な個人として親しく共同体として構築していくことのできる「器」としての「お店」、そのような関係性を作れないだろうかと考えてきました。そして、今回の未知なるウィルスの登場で平成から現代へと、より強くなった「タテ」への関係性から、「横」への共同体としてのつながり、を構築していくことがより必要だと感じるようになりました。

 お店というものは一時的にマスクとかトイレットペーパーなど需給バランスが極端になることはありますが、「もの」も「情報」も基本的には供給過多で需要よりも供給の方が圧倒的に多く、消費増税後のコロナショックで、このままだと、さらにデフレは深化することと予想されます。そして、何より、今までの「お店」という形状・概念は、より時代にマッチしていかなくなると考えております。何が正解かわかりませんがこの機会によく考えて一つの方向性・目標を立てたいです。

 ところで、

 我が家には花粉症用の備蓄マスクと嫁様がホームセンターで購入したマスクで暫くは切り抜けできそうですが、そのうち備蓄が尽きてしまうことを想定してマスクを洗浄して再利用する実験をしました。洗剤でキレイに洗浄して、すすぎ、干して乾かしました。問題なく使用できましたのでマスクが汚れていない時には、自己責任で再利用して使いたいです。


(分類): 生活, scos,



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